■グローバル資産市場リターンの動学分析
[要約]
先進17カ国の株式,債券,通貨市場(計42市場)の月次リターンは,自己相関,不均一分散,歪み,尖りといった非i.i.d.性もしくは非正規性を持つ.直交3因子モデルは,これらの非i.i.d.性や非正規性をうまく分類できる.AR(1)=GARCH(1,1)モデルは各因子の非i.i.d.性をほぼ説明できるが,通貨独自因子の非正規性と共通因子に集約された株式市場の非正規性は説明しきれない.これらの非正規性を表現するには,より一般的な動学モデルが必要である.さらに,こうした「因子構造に適当な動学構造を組み合わせたモデル」を外挿テストすると,i.i.d.正規分布モデルに対して安定的かつ大幅なリターン予測(同時分布の事前推定)能力の改善が認められる.ただし,この改善は,独自因子の非i.i.d.性を考慮する部分が大きい.また,因子構造を仮定することで2段階推定の効率性低下を抑制できる点もこのモデルの長所といえる.なお,ARMAやGARCHのようなパラメトリゼーションにおいては,パラメータの有意性やモデルの効率性に過大評価の可能性が生じるため注意が必要である.
*本稿は,筑波大学大学院(経営システム科学専攻)における修士論文の一部を加筆修正したものである.丁寧にご指導いただいた椿広計教授,加藤英明教授,牧本直樹助教授に感謝したい.また,本稿の内容について,レフェリーと編集者の谷川寧彦先生から有益なご助言を頂いた.ここに厚く御礼申し上げたい.なおいうまでもなく,本稿に錯誤があれば著者の責任である.
■事業の多角化と企業価値*
大和証券SMBC株式会社 平元達也
[要約]
本研究では,日本企業を対象に,比較可能な専業企業のポートフォリオから求めた多角化企業の理論上の企業価値と実際の価値との比較によって,多角化による企業価値への影響を検証した.分析結果から,多角化による企業価値の破壊が確認された.多角化の進展により価格破壊は増大し,関連事業への多角化も非関連事業への多角化と同様に企業価値の破壊をもたらすことが確認された.企業の多角化は経営者の専門性の低下,経営資源の分散などによるマイナスの影響を引き起こし,多角化の進展はその影響を強めると考えられる.関連事業への多角化は,事業間のシナジー効果が期待できるが,関連事業であるがゆえの事業間のコンフリクト,重複投資による非効率性などにより企業価値にはマイナスの影響を与えると考えられる.また,ガバナンス構造との分析では,メインバンクは債権者の立場から,多角化に対してもモニタリング機能を果たしているという示唆が得られた.
*本論文の作成において,筑波大学大学院(経営・政策科学研究科)の加藤英明教授,河合忠彦教授,椿広計教授よりご指導を頂いております.また,柳川範之助教授(東京大学),本誌エディターの新井富雄氏,およびレフェリーの方より大変有益なコメントを頂きました.記して感謝いたします.
なお,本論文の内容,意見は執筆者個人に属し,執筆者の勤務先である大和証券SMBC株式会社の見解を示すものではありません.
■忘れられた方程式:
ブラック/ショールズのオプション価格と投資家の選好*
横浜国立大学大学院国際社会科学研究科 倉澤資成
[要約]
ブラック/ショールズのオプション価格に見られる顕著な特徴の一つは,対象資産である株式価格過程のドリフト(株式の期待収益率)が明示的に含まれていないことである.このため,株式の期待収益率の変化はオプション価格に影響を及ぼさない,と考えられてきた.オプション価格は投資家の選好とは独自に決定される,と解釈されることもある.しかし,こうした解釈は,ある一つの方程式を忘れた議論であり,基本的に誤っている.株価過程の期待収益率の変化は,一般にオプション価格に影響するし,投資家の選好と独立に決定されるわけでもない.さらに,リスク・フリー・レートやボラティリティの変化がオプション価格に及ぼす影響を分析した比較静学の結果の一部は特殊な想定のもとでだけ成立する関係であり,一般に成り立つわけではない.
*複数の編集者から頂いたコメントは,本稿を改訂する際に大いに参考になりました.こころより感謝いたします.