『現代ファイナンス』バックナンバーNo.15(2004.3発行)

■空売り制約と株価の情報効率性:
業績予想修正発表のイベント・スタディー*
一橋大学大学院経済学研究科博士後期課程 井坂直人

[要約]

本論文では,1998年7月から2001年12月までの東証1部上場企業の業績予想修正発表を対象としたイベント・スタディーにより,空売り制約が情報公開前の私的情報による株価調整と情報公開後の公的情報による株価調整に及ぼす影響を分析した.Bad Newsの実証結果では,逆日歩が付いて信用売りが制約された銘柄では,情報公開前に株価は調整されず,情報公開後に株価が大幅に下落していた.その一方で,逆日歩が付かなかった銘柄では,情報公開前から株価は徐々に低下していた.こうした実証結果は,空売り制約は Bad Newsに対する株価の情報効率性を低下させるというDiamond/Verrecchia[1987]の「空売り禁止」のインプリケーションと整合的である.また,Good Newsの実証結果では,逆日歩が付くとGood Newsに対する株価の情報効率性はかえって高まる可能性が示唆されている.

*本稿を作成するにあたっては,科学研究費補助金(特別研究員奨励費)からのサポートを受けている.本誌エディターの谷川寧彦助教授(早稲田大学),匿名レフェリー,ならびに齊藤誠教授(一橋大学)からは,貴重なコメントを頂いた.ここに謝辞を申し上げたい



■株式持合い解消のシグナリング・モデル*

神戸大学大学院経営学研究科 砂川伸幸

[要約]

本稿では,1990年代以降のわが国企業財務の顕著な特徴である株式持合いの解消をシグナリング・モデルのフレームワークで議論する.本稿のモデルでは,事業環境の悪化に直面した企業が,事業の再構築に必要な資金を調達するために持合い株式を売却する.株式持合いの解消は,持合い企業の事業環境が悪化したシグナルとなり株価は下落する.しかしながら,株式持合い解消によって得た資金を事業の再構築に投下することで,企業は長期的な収益を改善できる.株式持合いの解消は,一時的な株価の下落をもたらすが,長期的には株主にとって好ましい財務政策である.本来持合いを解消すべき企業が,一時的な株価下落を恐れて株式持合いを継続すると,長期的な株主価値を損なう結果になる.

*本稿の作成にあたり,榊原茂樹先生,甲斐良隆先生(以上神戸大学),山下忠康氏(神戸大学大学院生),浅野幸弘先生(編集者・横浜国立大学),ならびにレフェリーの先生から有益なコメントを頂きました.記して感謝いたします.また,本研究は21世紀COEプログラム(先端ビジネスシステムの研究教育開発拠点)と生産性研究助成のサポートを受けています.



■天気晴朗ならば株高し*

神戸大学大学院経営学研究科 加藤英明
三井アセット信託銀行/筑波大学大学院博士課程 高橋大志

[要約]

本稿は,日本の株式市場と天候の関係を過去40年間の日次データを基に分析したものである.伝統的ファイナンスの立場にたてば,天候が株価に対し影響を与えると考えることは難しい.しかし,分析の結果は,株価の動きと天候の間には,統計的に有意な関係があることを示している.さらに,その関係は,これまでに報告されている月曜効果,1月効果などのアノマリーを考慮しても,強く残ることが確認された.これらの結果は,伝統的ファイナンスの仮定している合理的な意思決定では投資家行動を説明できないことを示唆している.

*本稿の作成にあたっては,以下の方々から大変有益なコメントを頂いた.(五十音順)浅野幸弘氏,井上光太郎氏,宇野淳氏,大森孝造氏,兼広崇明氏,木元伸行氏,倉澤資成氏,白石典義氏,高橋悟氏,椿広計氏,寺野隆雄氏,広瀬勇秀氏,牧本直樹氏,宮崎孝志氏,八重倉孝氏.また,本誌匿名レフェリーからも有益なコメントを頂いた.ここに記して感謝したい.なお,本稿に誤り等があれば筆者たちの責任である.本研究は,ワールドゴールドカウンシルからの研究助成を受けている.



■不完備市場における消費と資産価格の一考察*

大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程 田中敬一

[要約]

本稿ではポートフォリオ制約による不完備市場を考察し,ポートフォリオ制約のシャドープライスが同一である個人から成るグループに限定した経済において完備市場と同様に,パレート効率性からリスクシェアリングが機能しプライシングカーネルが個人間で同一になることを示す.また絶対的危険許容度と消費の予備的貯蓄効果の個人についての加法性について議論する.さらに各個人のプライシングカーネルで評価した場合,資産の価格は市場で取引される価格が配当流列に対する評価とポートフォリオ制約によってもたらされる制約コストに分解されることがわかる.そして消費‐資本資産価格モデル(CCAPM)については,ポートフォリオ制約下においても証券リターンと無リスク金利を各個人の制約シャドープライスのある加重平均を用いて修正するとCCAPMが成立することが示されているがその経済学的な意義付けには注意を要する.

*本稿作成にあたり匿名査読者および本誌編集者の高橋明彦助教授(東京大学)から多くの有益な助言を頂いた.仁科一彦教授(大阪大学),池田新介教授(大阪大学)および資産価格研究会の参加者の方々からは貴重なコメントを頂いた.記して謝意を表したい.