『現代ファイナンス』バックナンバーNo.18(2005.9発行)

■残余利益モデルと割引キャッシュフローモデルの比較:
ロング・ショート・ポートフォリオ・リターンの分析*
早稲田大学大学院ファイナンス研究科 須田一幸
筑波大学大学院システム情報工学研究科 竹原 均

本研究は,第1に,残余利益モデルと割引キャッシュフローモデルを用いてロング・ショート・ポートフォリオを構築し,ポートフォリオ・リターンの発生構造を分析する.ポートフォリオ・リターンの推移を月次で観察した結果,残余利益モデルに基づきロング・ショート・ポートフォリオを構築した場合,ポートフォリオの構築後6カ月間について大きなリターンを獲得できることが明らかになった.本研究は,第2に,残余利益モデルの推定と会計利益の質との関係を究明するため,ポートフォリオの構成企業が公表した会計利益における会計発生高と異常発生高を分析した.その結果,残余利益モデルに基づいて作成したロング・ショート・ポートフォリオと,異常発生高によるロング・ショート・ポートフォリオにおけるリターンの間に,統計的に有意な関係が存在していることがわかった.さらに,異常発生高を計測し会計利益の質をコントロールした上で,残余利益モデルによる株式価値評価を実施すれば,株式価値評価の精度は向上するということが判明した.

*本誌編集者の浅野幸弘氏と匿名のレフリーから貴重なご指摘をいただいた.また,本研究の遂行にあたり,薄井彰氏,大野三郎氏,奥村雅史氏,大日方隆氏,久保田敬一氏,吉田和生氏との討論が非常に有益であった.ここに記して皆様へ感謝したい.



■上場変更と株価の長期パフォーマンス*
-Post Listing Puzzleの日本市場における検証-

関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科 岡田克彦
神戸大学大学院経営学研究科 山崎尚志

[要約]

米国では古くから上場変更と株価動向に関する実証研究が蓄積され,その数は膨大な量にのぼる.最近では,上場変更後に長期にわたって株価が低迷し,負の超過リターンを示すことがPost-Listing Puzzleとして多くの学者の研究対象となっている.今のところ Dharan/Ikenberry[1995]が提唱するManagers' Opportunism仮説がこのパズルに対する有力な解釈とされている.本稿の目的は日本市場でこの仮説を検証することにある.1989年から2002年までの691 社について検証を行った結果,米国で一般的に見られるPost- Listing Negative Driftは見られなかった.むしろ日本市場では上場変更企業の正の有意な超過リターンが検出され,Managers' Opportunism 仮説は当てはまらないのである.また,1999年に実施された東証への上場基準緩和の影響についても検証したが,基準緩和が上場変更企業のパフォーマンスに大きな影響を与えていることがわかった.

*本稿の作成にあたり,榊原茂樹先生,加藤英明先生,砂川伸幸先生(以上神戸大学),平木多賀人先生,岡村秀夫先生(以上関西学院大学),Terrance Odean先生(University Of California, Berkeley),首藤恵先生(早稲田大学),谷川寧彦先生(編集者・早稲田大学)ならびにレフリーの先生から多くの有益なコメントを頂きました.ここに記して感謝いたします.



■日経225オプションの織り込む株価過程の連続成分とジャンプ成分*

電気通信大学 電気通信学研究科 野村哲史
電気通信大学 電気通信学研究科 宮﨑浩一

[要約]

本論文では,Carr/Wu[2003a]が提案した手法に基づき,オプション価格の収束速度から日経225オプションの織り込む株価過程が拡散過程,ジャンプ過程のどちらに従うかを検証する.Carr/Wu [2003a]のS&P500オプションが織り込む株価過程に関する実証分析結果と比較すると,日経225オプションが織り込む株価過程のジャンプ成分は,S&P500オプションが織り込む株価過程のジャンプ成分ほど大きくないことがわかった.更に原資産過程を代表的な拡散過程,ジャンプ過程,ジャンプ拡散過程でモデル化したうえで,モデルのパラメータをオプション価格から推定した結果,日経225過程の拡散部分を表現するパラメータの値は,Carr/Wu[2003a]が推定したS&P500過程のパラメータ値よりも大きく,原資産過程モデルの観点からも概ね実証分析結果を支持するものとなった.

*匿名の査読者からは,初校を改善するための様々な方向性をご教示頂きました.また,本稿の担当編集者である東京大学大学院経済学研究科の高橋明彦先生には修正の機会を与えて頂きました.この場を借りて,心からお礼申し上げます.



■銀行借入vs.市場性負債:
アナウンスメント効果の比較と要因分析*

慶應義塾大学商学部 金子 隆
慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程 渡邊智彦

[要約]

わが国で最近急速に普及しているコミットメントライン型の銀行借入に着目し,契約締結のアナウンスが株価に及ぼす効果を市場性負債(CP,SB)の発行決議に関する同様の効果と比較する形で計測し,銀行借入の特殊性を確認する.日経4紙に契約締結ないし発行決議の記事がはじめて掲載された日をイベント日とするイベントスタディを行ったところ,市場性負債の効果はゼロから有意に異なっていないのに対して,銀行借入の効果は有意にプラスであること,銀行借入の返済を目的としたSB発行は株価に有意にマイナスの影響を及ぼしていることが判明した.さらに,銀行借入のもつプラスの効果をもたらしている要因を回帰分析により調べたところ,内部資金の少ない企業ほど,格付けの低い企業ほど,CP市場が逼迫しているときほど,同効果が大きいことが判明した.この結果は,銀行借入の特殊性をもたらしている要因(の1つ)が流動性であることを示唆している.

*本稿の執筆に際して,小西大・田村茂・辻幸民・日向野幹也の各氏から有益なコメントを頂戴した.また,本誌編集者の浅野幸弘氏ならびに匿名レフェリーから,改善に向けて貴重なアドバイスを頂戴した.記して謝意を表したい.いうまでもなく,本稿における誤りはすべて筆者たちに帰するものである.本稿は,慶應義塾大学・経商連携21世紀COEプログラム「市場の質に関する理論形成とパネル分析―構造的経済政策の構築にむけて―」ならびに慶應義塾学事振興資金の助成金を得て行われた研究の一部である.



■企業再生を考慮した負債価値の評価*

京都大学大学院経済学研究科博士後期課程 菅野正泰

[要約]

本論では,本邦企業,特に公開企業で主流になりつつある企業再生型倒産のメカニズムを考慮に入れた負債価値の評価について考察する.現在,再建型手続の中心である民事再生手続および会社更正手続は,財務的破綻に至る前の早い段階で手続申し立てが可能であり,また,再生計画が作成され,債務再交渉により債権の種類に応じて債務免除が実施される点が大きな特徴である.本論では,実証分析に基づき,確率的な手続申し立ての閾値と清算閾値の2種類の企業倒産に関連した閾値を考慮した負債価値の評価モデルをセットアップし,社債の評価式を導出する.また,企業の信用力が低く,投機的格付けに位置づけられているダブルB格以下の社債の価格評価に本論の評価モデルを適用し,代表的な既存モデルとの比較分析により,本モデルの有効性について考察する.

*本稿は2004年5月の日本ファイナンス学会第12回大会での研究報告論文を改訂したものです.本稿の作成にあたり,匿名のレフェリー,編集者の横浜国立大学倉澤資成教授,大会討論者である北海道大学鈴木輝好助教授から貴重なコメントを頂戴しました.また,本稿の作成にあたり,筆者の指導教官である京都大学大学院経済学研究科木島正明教授からご指導頂きました.この場を借りて謝辞を申し上げます.もちろん,ありうべき誤りは筆者の責任です.



■退職給与会計における割引率の決定要因*

日興フィナンシャル・インテリジェンス年金研究所 佐々木 隆文

[要約]

本稿は,利益管理の視点から,我が国の退職給付会計における割引率の決定要因を実証的に分析する.我が国の退職給付会計においては,(1)巨額の積立不足が企業収益や資金繰りを圧迫していること, (2)会計基準における割引率選択の裁量が大きいこと,(3)投資家の退職給付会計に対する理解が不十分である可能性があること,(4)代行部分という特殊な債務が退職給付債務に含まれていることから,高い割引率を設定し会計数値を良く見せようとする誘因が強まる可能性がある.実証分析の結果,経営者が将来の費用負担や資金負担を小さく見せたり,足元の利益率を高く見せるために高い割引率を選択している可能性が示唆された.また,退職給付債務に代行部分が含まれている企業で高い割引率が選択される傾向があることも示された.

*本稿を作成するにあたり,花枝英樹氏(一橋大学),今福愛志氏(日本大学),山口修氏(横浜国立大学),久保知行氏(日産自動車),小野正昭氏(みずほ年金研究所),柏崎重人氏(大和総研),岩田豊一郎氏(大和総研),矢野学氏(住友信託銀行),鈴木健嗣氏(東京理科大学),及び本誌編集者の浅野幸弘氏,匿名レフェリーより有益なコメントを頂きました.勿論,ありうる誤りは筆者の責任です.また,本稿の内容・意見は筆者個人に属するものであり,所属組織の見解ではありません.



■予想利益の精度と価値関連性
―I/B/E/S,四季報,経営者予想の比較―*

武蔵大学経済学部金融学科 太田浩司

[要約]

米国では,市場における次期期待利益の代理変数として,複数のアナリスト予想の平均であるコンセンサス予想を用いるのが一般的であるのに対し,我が国では,大きく分類して,米国同様のI/B/E/Sコンセンサス予想,出版社系アナリストの単独予想である東洋経済予想,そして経営者自らが公表する経営者予想の三種類の予想利益が利用可能である.本論文の目的は,これら三種類の予想の精度と価値関連性を調査することによって,三予想の優劣および市場の三予想利用度を比較検証することである.

結果は,我が国において利用可能な三予想利益の中では,東洋経済予想と経営者予想の精度が同程度で高くてI/B/E/S予想の精度が最も低く,そして市場はそれら精度の高い予想を正しく識別して株価に織り込んでいた.このことは,米国では一般的であるコンセンサス予想の使用が我が国においては不適切であることを示すものであり,また経営者予想がPublic Informationとして無償で入手可能な我が国における,I/B/E/S予想,東洋経済予想といった有償のアナリスト予想の価値に疑問を生じさせるものである.

*筆者は本論文の作成にあたり,本誌編集者の浅野幸弘先生および匿名レフェリー,筑波大学大学院での指導教官である八重倉孝先生(現在法政大学),そしてPATW研究会(須田一幸先生主催)の諸先生方から,大変貴重なコメントを頂いた.またデータの入手および入力に関して,勤務先である武蔵大学の久保田敬一先生と丸淳子先生,そして姉の大城容史子から多大なる援助を受けた.ここに謝辞を申し上げたい.最後に本研究は,Thomson Financialから学術研究プログラムの一部としてI/B/E/S予想データの提供,そして文部科学省から科学研究費補助金(課題番号:17730288)の助成を受けている.