『現代ファイナンス』バックナンバーNo.20(2006.9発行)

■100パーセント・マネー再論:
フィナンシャル・テクノロジーの挑戦

 
カリフォルニア大学アーバイン校/東京大学金融教育研究センター(客員教授) Nai-Fu Chen
東京大学大学院経済学研究科 小林孝雄
東京大学大学院経済学研究科修士課程 佐井りさ

[要約]

近年のフィナンシャル・イノベーションは,貸出債権を市場に売却することを可能にした.これによって,銀行は貸出債権の大部分を広範な投資家層に移転し,情報レントと信用リスクを凝縮したレジデュアル部分だけを保有すればよくなった.

われわれの試算によれば,商業用貸出債権ポートフォリオを証券化するにあたって,銀行が留保するべきレジデュアル・トランシェはわずか3%前後である.これこそが,市場の論理から決定される銀行の自己資本比率である.この仕組みに加えて,決済システムの安全性を確保できれば,銀行システムは従来の金融仲介機能を果たしながら,完全に安全なシステムに生まれ変わることができる.

かつてIrving Fisherが主張した「100%マネー」の銀行システムは,新しいフィナンシャル・テクノロジーの登場によってその実現可能性を飛躍的に高めた.この新体系は,貯金保険の利用に起因する銀行行動のモラル・ハザードに苛まれ続け,しばしば危機に晒されてきた従来の部分リザーブ型銀行システムより明らかに優れている.



■永久イスラエリ・オプションの権利行使条件*

東洋大学経営学部 董 晶輝
南山大学(名誉教授) 飯原慶雄

[要約]

この論文では,原資産の価格に対して一定率の配当がある場合について,通常のアメリカン・オプションのコールとプットに対応する永久イスラエリ・オプションの価格について分析し,売り手と買い手の権利行使限界が満たすべき条件を求める.さらに,無リスク金利と配当利回りの大小が権利行使領域の性質と関係があることを明らかにする.これらの性質は原資産に対する利子・配当の支払いがない場合,有限期間のイスラエリ・オプションの売り手の権利行使領域がプットとコールで非対称的であることを理解するのに役立つ.解析的分析の結果を明示するために,数値例でオプション価格を求めるとともに,権利行使領域と各種のパラメータの関係を示す.最後に,イスラエリ・オプションのモデルのコーポレート・ファイナンスへの応用例を示す.

*南山大学澤木勝茂教授からの数回にわたるコメントは研究の遂行と本稿の完成に大きく寄与した.また,匿名のレフェリーの指摘により本稿は改善された.感謝の意を表します.



■不確実性下における市場参入に対する先発の優位性の影響*

大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程 嘉本慎介
 

[要約]

本稿は,ライバル企業の潜在的な影響を考慮したリアルオプション・モデルを応用し,不完全競争のもと,先発の優位性が不確実性下における市場参入の意思決定に与える影響を分析する.本稿のモデルでは,二企業がそれぞれ先発と後発になる逐次参入と二企業による同時参入が均衡として生じる.逐次参入において,先発の優位性が企業間の市場参入の競争を激化させ,市場参入が先発の優位性がない場合より早くなる.そして,市場参入から短期間のうちに,高い確率で市場参入の価値が投資費用を下回るリスクに直面する.また,先発の優位性をめぐる市場参入の競争によって,非効率な同時参入が均衡として生じる.そして,非効率な同時参入において,市場参入から短期間のうちに,高い確率で市場参入の価値が投資費用を下回るリスクに直面する.本稿の結果は,先発の優位性が参入企業にもたらすリスクを示唆する.

*本稿は2003年6月の日本ファイナンス学会および滋賀大学リスク研究センター・ワークショップでの報告論文を改訂したものです.それらの報告では,澤木勝茂教授(南山大学数理情報学部),酒井泰弘教授,井手一郎助教授,楠田浩二助教授,丸茂俊彦助教授(以上,滋賀大学経済学部)から有益なご助言を頂きました.本稿の作成にあたり,仁科一彦教授(大阪大学大学院経済学研究科),Maghrebi Nabil助教授(和歌山大学経済学部)には平素から親身にご指導して頂きました.また,匿名の査読者ならび本誌編集者の谷川寧彦教授(早稲田大学商学部)からも多くの有益なご助言を頂きました.ここに記して深く感謝いたします.