『現代ファイナンス』バックナンバーNo.23(2008.3発行)

■信用リスク・モデルの観望とその新展開
─トップダウン・アプローチによるデフォルトの依存関係のモデル化─

東京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科  中川秀敏
 

[要約]

本稿は2007年春時点までの数理ファイナンス・アプローチに基づく信用リスク・モデル研究の流れを観望することを目的とする.まず,構造型モデルと誘導型モデルという二つの主要なモデル・タイプについて概説する.最近,信用リスク・モデルにおける増大情報系が意識されてきたことから,構造型モデルについては,完全情報下のモデルと不完全情報下のモデルに分けて論じ,後者と誘導型モデルの関係についても言及する.次に信用リスクの依存型関係モデルとして,条件付き独立モデル,コピュラ・モデル,デフォルト伝播モデルについて概説する.そして,デフォルト伝播モデルの一つに位置づけられる新しいモデルとして,Giesecke/Goldberg[2005]のトップダウン・アプローチ・モデルに注目し,その概要をまとめるとともに実務への応用可能性についても考える.



■日経225オプション市場のボラティリティ・リスク・プレミアム*

電気通信大学大学院電気通信学研究科  内田康嗣
 電気通信大学大学院電気通信学研究科  宮崎浩一
 

[要約]

本研究では,ボラティリティ・リスク・プレミアムに関する実証分析の手法をBakshi /Kapadia[2003]に基づき整理したうえで,日経225オプション市場価格データに基づいて実証分析を行い,得られた結果を米国S& P500における結果と比較した.主な分析結果としては,日経225オプション市場においても米国オプション市場と同様にボラティリティ・リスク・プレミアムは負であるが,日本のオプション市場の方がオプション価格に内在するボラティリティ・リスク・プレミアムが大きく,日本の投資家は米国の投資家に比べ保守的であることを示唆する結果が得られた.また,日経225オプション市場においてはボラティリティ・リスク・プレミアムが,ボラティリティに関する線形関数とはならないため,分析手法をボラティリティに関する二次の項を含む形に拡張して分析を行った.更に,市場から抽出されたボラティリティ・リスク・プレミアムを利用して適正なオプション評価を行う方向性も示した.



■年金債務が確率的に変動するときの最適年金ポートフォリオ*

みずほ信託銀行運用ユニット資産運用研究所  桂 眞一
 横浜国立大学国際社会科学研究科  森田 洋

[要約]

本論文では.年金資産運用において将来の給付額と積立額の差額の現地価値を負債として明示的に取り入れ,それが確率的に変動する状況下でサープラスの期待効用を最大化する問題を取り扱い,最適投資戦略はいかなる性質をもつかを分析する.最適ポートフォリオは,負債が0の場合の仮想上の最適ポートフォリオと給付債務を複製するポートフォリオの加重平均となることが示される.この性質は投資家の効用関数が単調性,凹性といった標準的な数学的条件が課される限り成立する.さらに,年金基金が本論文の最適ポートフォリオを採用した場合の運用実績が実際のものと大きく乖離するか否かを実データを利用して調べてみた.その結果,実際の年金基金は株式に対する投資比率が高すぎ,また最適ポートフォリオのサープラスは実際の年金基金のサープラスと比較すると期間を通じて安定していることが明らかとなった.



■異質的市場仮説によるボラティリティ変動モデルの拡張と予測精度の検証*

立花証券本店第一営業部  大塚芳宏

[要約]

本稿では,多様な投資家の存在を仮定したMuller et al.[1997]のHetero型モデルを拡張し,非対称性を捉えるHEGARCH(Hetero-geneous Exponential Generalized Autoregressive Conditionally Heteroskedasticity)モデルを新たに提案した.そして,このモデルを用いて,TOPIXのボラティリティと非対称性の構造を分析した.また,EGARCHモデル,FIEGARCH(Fractionally Integrated EGARCH)モデル,IEGARCHモデル,HARモデルとの予測精度の比較を行った.実証分析の結果,TOPIX日次収益率のボラティリティと非対称性には,多様な投資主体に依存していることが明らかにされ,投資家それぞれに非対称性が依存していることが示された.また,金融規制緩和が,行われた以降の期間では,標本内と標本外予測で,HEGARCHモデルが最も予測精度が高いという結果が得られた.


■上場変更企業におけるManagers Opportunismの検証
 裁量的会計発生高とPost-Listing Return*

関西学院大学大学院経営戦略研究科  岡田克彦
 神戸大学大学院経営学研究科  山崎尚志
 

[要約]

米国の上場変更企業がPost-Listing Negative Driftを示すのに対し,日本ではPost-Listing Positive Driftが発生していることが,岡田/山﨑[2005]で指摘されている.しかし,これをもって日本の経営者にManagers Opportunismはないと断言する証拠としては十分ではない.そこで本稿では,会計学の領域で扱われる裁量的会計発生高の概念を援用し,それを時系列で観察することで日本の上場変更企業経営者のManagers Opportunismの有無を検証することにした.その結果,経営者は上場変更前から利益増加型の利益調整を行い、上場変更以降もそれを継続していることが明らかとなった.また上場変更前後の多くの年で,規模,簿価・時価比率,上場変更直近の裁量的会計発生高の3つの基準で選択したコントロールファームと比較しても利益増加型の利益調整を行っている証拠が発見された.日本におけるManagers Opportunismの存在が確認されたのである.さらに,裁量的会計発生高と超過リターンの関係について調査してみた結果,Post-Listing Returnおいても有意にコントロールファームを上回ることが確認された.米国とは対称的なPost-Listing Positive Driftを示す背景には,上場変更企業経営者の継続的な利益調整行動が関係している可能性が高い。



■経営者が公表する予想利益に基づく企業価値評価*

神戸大学経済経営研究所  村宮克彦
 

[要約]

本稿は,経営者の公表する予想利益の有用性を企業価値評価の観点から評価する.日本では,決算発表の際に経営者が次期の予想利益を公表している.これは,証券取引所の要請に基づくものであり,財務内容のサマリー情報が掲載される決算短信とよばれる書類の中で,大部分の上場企業の経営者はこの要請に応じる形で次期の予想利益を公表している.本研究では,経営者が公表するこうした予想利益を企業価値評価モデルへインプットすることで株式の本源的価値(V)を推定し,現在成立している株価(P)との比率,すなわちV/Pに将来リターンの予測能力があるかどうかを検証することで,経営者が公表する予想利益の有用性を判断する.一連の分析から,経営者の公表する予想利益に基づくV/Pに将来リターンの予測能力があり,その予測能力の源泉は,市場のミス・プライシングに起因することを明らかにする.この分析結果は,経営者による予想利益が投資者の企業価値評価にとって有用な情報であり,投資者はそうした予想利益に基づいて企業価値を評価することで,市場でのミス・プライシングを利用して超過リターンを獲得できる機会を有していることを示唆している.


■自社株買いと長期の株価パフォーマンス*

神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程  山口 聖

[要約]

米国市場では,自社株買いをアナウンスする企業の長期の株価パフォーマンスは有意にプラスであり,自社株買いの動機が自社株式の過小評価にあるという実証結果が報告されている(Ikenberry/Lakonishok/Vermaelen[1995]).本稿の目的は,わが国市場において,自社株買いをアナウンスする企業の長期の株価パフォーマンスを分析し,自社株買いの動機が自社株式の過小評価にあるのかどうかを検証することにある.分析の結果,わが国においては,①サンプル企業の長期パフォーマンスは有意にマイナスであること,②高B/Mのサブサンプルに有意なプラスの超過リターンは生じていないことが明らかになった.この結果は,わが国企業の自社株買いの動機が,自社株式の過小評価にあるわけではないことを示唆している.本稿では,マイナスの長期パフォーマンスの源泉が,小規模企業のアナウンスメント後の株価動向にあることを発見した.