■イン・ザ・マネーになった経済理論
W. A. Haas School of Business, University of California, Berkeley
Terry A. Marsh
[要約]
昨年10月,ロバート・マートン現ハーバード大学ビジネス・スクール教授とマイロン・ショールズ現スタンフォード大学ビジネス・スクール教授に1997年度のノーベル経済学賞が授与された.スウェーデン王立科学アカデミーが発表した授与理由を引用すると,「二人は,故フイッシャー・ブラックも加わった共同研究において,株式オプションの価値を示す画期的な公式を発見した.彼らが開発した方法は,経済的な価値を算出する一般的な方法として多方面で利用されるようになった.さらに,彼らの発見はさまざまの新しい金融装置を誕生させ,リスク・コントロールの面で社会の効率性を促進させることを通じて,経済社会にも大きく貢献した」ということである.
マートン教授は,1990年度に同賞を受賞されたウィリアム・シャープ教授,マートン・ミラー教授とならんで,日本ファイナンス学会の海外顧問を勤めていただいている方であり,今回の出来事は『現代ファイナンス』の読者にとっても大変めでたいことである.この小諭は,お二人の業績を整理しその意義を論じて両教授のノーベル経済学賞受賞のお祝いとするために,著者二人が寄稿したものである.
■ボラティリティ変動モデルの発展と株式収益率データへの応用
東京都立大学経済学部 渡部敏明
[要約]
株価,為替レート,債券価格といった資産価格の時系列分析では,近年,ボラティリティと呼ばれる2次のモーメントの変動に注目が集まっている.本論文では,時系列モデルの中で,特にそうしたボラティリティの変動を明示的に定式化するボラティリティ変動モデルの最近の発展についてサーベイを行ったものである.ボラティリティ変動モデルには大きく分けて2つのものがある.一つは,Engle[1982]のARCH(Autoregressive Conditional Heteroskedasticity)モデルおよびそれを発展させたモデルで,もう一つは,確率的分散変動(Stochastic Volatility; 略して,SV)モデルである.本論文では,ARCH型モデルについてはモデルの発展を中心に,SVモデルについてはその推定法を中心にサーベイを行っている.
*この論文は,1997年10月15日に行われた日本ファイナンス学会第1回研究展望会の報告内容をまとめたものである.参加者の方々からは多くの有益なコメントを頂いた.また,MTECの高山俊則氏から関連する論文をいくつか提供して頂いた.ここに記して感謝の意を表したい.論文作成には細心の注意を払ったつもりであるが,まだいくつか間違いが残っている可能性がある.そうした間違いについては言うまでもなくすべて筆者の責任である.
■市場リスク・信用リスクの統合計量のためのフレームワーク
バンカーストラスト銀行 山下 司
今井 ゆかり
[要約]
金融機関が抱えるリスクをVaRという指標で数値化することは,市場リスクについてはかなり一般化してきた(MarketVaR).しかし,信用リスクや市場と信用の統合リスクに関わるVaR(CreditVaR及びIntegratedVaR)については,MarketVaRと同程度に堅固な計量枠組みが確立されているとは言い難い.
本稿は,三種類のVaRのいずれをも計量しうる統一的な枠組みを提示する.そこではまず,金融商品の価値を市場レートと与信相手の企業価値の関数として表現する(CreditMTM).そして,市場レートや企業価値の変動をモデル化する.これらのいずれかあるいは両方の変動に起因するCreditMTMの変化をVaRとして計量する.企業価値の変動モデルについては,そのパラメータ推定方法の例も示す.最後に,仮想ポートフォリオのVaRを試算することにより,この枠組みによる計量の意義と利点を確認する.
*本論文作成にあたって,レフェリー及び編集者の浅野幸弘氏より大変有益なコメントを頂戴した.ここに謝辞を申し上げたい.なお,この論文における見解は著者の個人的なものであり,所属会社とは無関係である.
■株式市場における地方銀行の評価
―株式所有構造の影響についてのパネル分析―
大阪大学大学院国際公共政策研究科 斎藤達弘
[要約]
本稿の目的は,株式市場における地方銀行の評価に,株式所有構造がどのような影響を与えているのかをパネル分析により検証することにある.地方銀行の主要な大株主は大手金融機関である.そのため,エージェンシー理論において株主と経営者との間に仮定される情報の非対称性の程度は著しく小さく,株主としての大手金融機関が地方銀行の経営に影響を与えている可能性が高いと考えられる.本稿の分析では,株式市場の評価として株式投資収益率の分散とベータ値という二つのリスク尺度を用いて,株式所有構造が直接,リスクに与える影響を推定している.その結果,いずれのリスク尺度に対しても,企業集団に所属する金融機関株主は影響を与えている一方で,独立系の金融機関株主は影響を与えていないという意味で中立的な立場にある傾向を明らかにしている.また,金融機関株主に株式所有が集中することとリスクとの関係を検証し,いずれのリスク尺度に対しても,その間には非線型関係が存在していることを見いだしている.そして,これらの結果については,「後ろ楯」と「面倒見」という考え方に基づいて解釈を与えている.
*本稿の作成にあたっては,初期の段階で仁科一彦氏(大阪大学)から,改訂の段階でレフェリーおよび編集者の倉澤資成氏から,適切かつ有益なコメントをいただきました.ここに記して感謝します.いうまでもなく,本稿に誤りが含まれていれば,著者の責任です.また,この研究について,大阪大学大学院国際公共政策研究科・資産管理サービス産業寄附講座から資金的援助をいただいています.あわせて,ここに記して感謝します.