『現代ファイナンス』バックナンバーNo.31(2012.3発行)

■市場効率性の再検証:株式市場の特性変化と予測可能性
早稲田大学大学院ファイナンス研究科  竹原 均
 

[要約]

本研究では,最初に東京証券取引所上場企業の流動性が2000年代前半以降大きく上昇し,それに伴い取引コストが低下したことを,個別株式ティックデータを用いて確認する.次に株式所有構造と取引高との関係を分析することにより,流動性上昇・取引コスト低下が,東証における海外法人の活発な取引によりもたらされた可能性が高いことを示す.それでは取引活動の活発化とそれに伴う取引コストの低下は,市場効率性にどのような影響を与えるのだろうか?この問題に答えるために,市場効率性の定義と取引コストの関係について整理し,取引コストの低下は市場効率性を高めるとの推論を導く.その上で月次データを使用した分析により,取引コストは株式リターンの予測可能性に影響を与え,活発な取引状況下では,既存アノマリーの一部についてリスク調整後リターンの規模が縮小する可能性を持つことを示す.



■国際金融市場の依存関係における非対称性と長期トレンド―時系列モデルアプローチの観望と新潮流―

一橋大学大学院国際企業戦略研究科  沖本 竜義

[要約]

国際金融市場の依存関係は国際分散投資やリスクマネジメントにおいて非常に重要な役割を果たすため,国際金融市場の依存関係を分析した研究は数多く存在する.本稿は,そのなかでも,国際金融市場の依存関係における非対称性と長期的なトレンドに焦点をおき,主要な実証分析結果とそれらの研究に重要な役割を果たしている時系列モデルを概観し,展望を行う.具体的には,条件付相関変動モデル,平滑推移モデル,マルコフスイッチングモデルなどを紹介し,その特性や国際金融市場の依存関係の分析への応用例について解説する.また,多変量分布の依存構造を記述する部分であるコピュラの概念を時系列モデルに応用することによって,より一般的に柔軟な形で依存関係が分析できる可能性についても言及する.



■金融モデルとクライシスⅡ:アセットアロケーション

Graduate School of Business,Stanford University  Paul Pfleiderer
 Haas School of Business,University of California Berkeley  Terry Marsh
高知工科大学マネジメント学部  渡辺 泰明

[要約]

本稿では,金融危機の下でリスクとリスク回避姿勢の双方が顕著に高まった状況において需要と供給という基本的な経済理論がどのように作用するかを検証した.我々はこれを行うにあたり,非常に簡易的なモデルを構築し状況の変化に応じて投資家は,投資家間でどのように取引をすべきかをそのモデルにおいて検討した.第2節では,本稿の「基本シナリオ」を説明することとする.状況が変化する中でリスクプレミアムがどのように決定されるかを説明し,また投資家が危機対応の為の調整を実行するときに生じる取引を検証する.第3節では,本稿の基本シナリオにかかる種々のバリエーションを検討し,そうした異なるシナリオにおいても,基本シナリオから導き出した全般的な結論が成立することを示す.そして第4節では検証結果の要約を行い,全体のまとめを提示する.



■投資家の「ギャンブル志向」は日本の株価に影響を与えているか:歪度と期待リターン

野村證券金融工学研究センター  内山 朋規
 野村證券グローバル・リサーチ本部  岩澤 誠一郎

[要約]

人々には,右裾が厚く左裾が薄いリターン分布を持つ,宝くじのような証券を好む傾向があるとされる.このような証券は割高で期待リターンが低くなるという累積プロスペクト理論による示唆に基づき,分布の歪みを表す二つの尺度を用いて,株価リターンと投資家行動に関する実証を行う.まず,分布の歪みによって翌月の平均リターンはクロスセクションで異なり,宝くじのような証券ほど,平均的に将来のリターンが低いことを示す.この差は,期待効用理論による示唆とは整合せず,リスクプレミアムとして解釈することも難しい.次に,洗練されていない投資家は,宝くじのような証券を多く保有する傾向があり,さらには,このような証券を割高な水準にまで買い上げるという見方に整合的な結果も示す.本稿の実証結果は,累積プロスペクト理論の示唆する投資家行動がわが国株式市場で実際に存在し,株価形成に影響を及ぼしていることの証拠を提示するものである.



■取引の高速化と流動性へのインパクト:東証アローヘッドのケース

早稲田大学大学院ファイナンス研究科 宇野 淳
 立教大学経営学部 柴田 舞

[要約]

株式市場における取引スピードの高速化は流動性に影響するか.2010年1月に稼働した東京証券取引所の新システム「アローヘッド」により取引が高速化した影響を,東証1部上場銘柄について導入前後で比較したところ,約定件数の増加と約定サイズの縮小という取引パターンの小口高頻度化への変化が見られた.これとともに,投資家の即時執行コストを示す実効スプレッドが低下したが,その減少幅はアローヘッドの影響の大小により異なる.顕著な変化を示したメッセージ・トラフィック・パターンを銘柄別に推計し,流動性指標との関係を検証したところ,メッセージ・トラフィックが高頻度化した銘柄ほど取引後の逆選択コストが増加し,流動性供給リスクが上昇したという関係が推定された.この結果は米国市場で逆選択コストと実効スプレッドがともに上昇したのとは異なる.東証では,高頻度化のもとで流動性供給競争が激化し,これが流動性供給の対価と実効スプレッドの低下に寄与したものと推察される.市場における流動性供給環境が大きく変化したことを示唆する結果である.



■本邦社債スプレッドの期間構造と予測―Nelson-Siegelモデルを用いた実証分析―

三菱UFJモルガン・スタンレー証券  小林 武

[要約]

本稿ではNelson-Siegelモデルを用いて,個別企業を対象に1997年から2009年の12年間にわたる本邦社債スプレッドの期間構造と予測に関する実証分析を行った.その結果,Nelson-Siegelモデルは社債価格を高い精度で表現できること,推定された社債スプレッドの期間構造は,通常,社債スプレッドの変動要因と考えられる指標に比べて,予測に有効なことが確認された.また,マクロ経済やマクロの流動性を表す指標も予測に有効であることが確認され,米国の実証結果と異なる結果を得た.さらに,社債スプレッドが急激に拡大する局面では,社債スプレッドの期間構造の有効性が低下するがマクロ経済指標の情報を追加することで,予測精度の向上につながることが明らかになった.本稿は,個別企業の社債スプレッドの期間構造を推定し予測に応用した本邦で初めての研究であり,本稿で取り上げたモデルは予測に有効な要因を多面的に捉えた点で社債の個別銘柄選択などの投資戦略に応用が可能である.