『現代ファイナンス』バックナンバーNo.33(2013.3発行)

■クレジット・デフォルト・スワップの信用評価調整 -計算手法とその適用-

三菱東京UFJ銀行  中島 竜一
 東京大学先端科学技術研究センター  斉藤 哲朗

[要約]

2007年からの金融危機以降,デリバティブを取引する金融機関でもデフォルトし得ることが認識され,カウンターパーティ・リスクへの関心が高まっている.カウンターパーティ・リスクを管理する手法として,信用評価調整(CVA)と呼ばれるカウンターパーティーの信用力の変化によってデリバティブの時価を調整する枠組みが注目されている.本論文では,Brigo/Capponi[2009]によるクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の双方向CVAの計算方法を踏まえ,双方向カウンターパーティ・リスクを考慮したCDSプレミアムレートを効率的に数値計算する手法を示す.また,日本の実データに適用し,日本のCDS市場におけるカウンターパーティ・リスクの影響の程度を実証的に明らかにする.
 


■IPO後の長期株価パフォーマンス


慶応大学大学院商学研究科後期博士課程  池田 直史

[要約]

公開後の長期パフォーマンスの悪さは,新規株式公開(IPO)における特徴的事実の一つとして挙げられている.本稿では1997年9月以降のIPO企業を対象にして,日本においても長期アンダーパフォーマンスが観察されるか否かを,既存研究より精緻な方法で検証した.その結果,バイ・アンド・ホールド異常収益率を用いた検証では,規模や簿価時価比率の効果をコントロールしても,アンダーパフォーマンスが有意に観察された.しかし,市場別で見ると,マザーズやヘラクレスと異なり,東証やジャスダックではアンダーパフォーマンスが安定して観察されなかった.この1つの理由として公開時の過大評価の程度が市場間で異なることが考えられる.一方で,カレンダータイム・ポートフォリオ・アプローチによる検証では,有意にオーバーパフォーマンスが観察された.以上のことから,長期アンダーパフォーマンス現象は必ずしも安定的に観察されるものではない.
 


■退職給付債務の市場評価をめぐるパズル

東京経済大学経営学部  柳瀬 典由
Moore School of Business, University of South Carolina  後藤 晋吾
 静岡県立大学経営情報学部  上野 雄史

[要約]

本稿の目的は,未認識の退職給付債務(以下,未認識債務)が母体企業の純資産時価に与える影響を明らかにすることである.実証分析の結果,企業特性や業種をコントロールした上で,未認識債務が高い企業ほど将来の業績が悪いことがわかった.その一方で,未認識債務が高い企業ほど,株価が高く,さらに将来の高いリターンを予測することが明らかになった.しかも,この現象は,多額の未認識債務を抱える企業に牽引されていることがわかった.これらの結果は,株式市場においては,未認識債務が母体企業の純資産時価を「毀損」するという通念とは全く逆の評価がなされているというパズルの存在を提起するものである.本稿では,未認識債務が高い企業ほど企業年金の給付減額による債務のエクイティー化を実現する可能性が高く,この「期待」を株式市場が徐々に織り込んでいるという仮説を提示することで,このパズルの解釈に関する予備的考察を加えた.