『現代ファイナンス』バックナンバーNo.38(2016.9発行)

■Merton[1974]モデルに基づく社債の価格評価の問題点と、これを克服するための研究の発展について

米国連邦準備制度理事会  野澤 良雄

[要約]

Merton[1974]モデルは、株価を所与として、企業の社債価格及びデフォルト確立を求めることができるモデルである。本稿は、Mertonモデルに基づく社債価格の理論値とデータとの乖離を示し、その乖離を埋めるための方法について、これまでの研究成果を総括する。また、社債のキャッシュフローは、アウト・オブ・ザ・マネーのプットオプションの売りポジションに類似していることを示し、社債の価格だけを説明するようモデルを拡張するよりも、社債及びオプションを含む多様な資産価格を同時に説明するメカニズムが重要であることを指摘する。
 


■取引システム高速化とティックサイズの制約

大阪大学大学院経済学研究科  太田 亘
 

[要約]

東京証券取引所は、2010年1月に取引システムを高速化したが、その後に流動性が変化した。特に、大型株において、指値注文の短期的な評価損である逆選択コストが上昇し、指値注文による流動性供給の利潤に対応する実現スプレッドが低下した。これらは、外国市場において観察されている変化と逆である。本稿では、この原因について分析を行った。推計結果は、価格の刻み幅であるティックサイズが相対的に粗いため、それが指値注文の発注における制約となり、流動性が恒久的に変化した、というティックサイズ制約仮説と整合的であったが、取引システムの高速化後、参加者の学習に時間がかかり、流動性が一時的に変化した、という学習仮説とは整合的でなかった。



■自社株買いの公表に対する短期および長期の市場反応―Auction買付とToSTNeT買付の比較―

関西大学商学部  太田 浩司
 九州産業大学経済学部  河瀬 宏則

[要約]

本稿では、自己株式取得公表に対する短期および長期の市場反応を、一般的なオークション形式で買付けるAuction買付と、立会時間外に即時に買付けるわが国独自のToSTNeT買付とに明確に区分して検証している。短期の市場反応の分析では、取得公表日の異常リターンが、Auction買付とToSTNeT買付で、それぞれ4.0%と0.8%と、Auction買付と比べてToSTNeT買付の反応が非常に小さかった。また、Auction買付では、公表前に負の異常リターンが観察される等、過小評価仮説を支持する結果が得られたが、ToSTNeT買付からはそのような結果は得られなかった。さらに、長期の市場反応の分析においても、両買付方法の内、Auction買付からのみ有意に正の異常リターンが観察され、概ね過小評価仮説を支持する結果が得られた。以上の発見事項は、わが国の代表的な自己株式取得方法であるAuction買付とToSTNeT買付では、その経済的帰結や動機が大きく異なっており、両買付方法を明確に区分して分析を行う必要があることを意味するものといえる。