『現代ファイナンス』バックナンバーNo.39(2017.11発行)

■リスクプレミアムを勘案した市場における期待インフレ率の抽出に関する実証分析

早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程  湯山 智教
  早稲田大学大学院ファイナンス研究科  森平 爽一郎
 

[要約]

本稿では、BEI により期待インフレ率を抽出する際に、状態空間モデルにより、インフレリスクプレミアムと流動性リスクプレミアムを勘案した上で期待インフレ率を推計することを試みた。推計結果の解釈には一定の留意が必要なものの、単純なBEIは、状態変数として推計された期待インフレ率と比べると、リスクプレミアムのために平均的に40~70 bp程度下回っており、特にリーマンショック後にはその幅が100 bp超にまで達した可能性が示唆される。すなわち、単純なBEIは、市場における真の期待インフレ率を過少評価している可能性が高いと考えられる。なお、インフレリスクプレミアムは多くの期間でマイナス(0~-30 bpの間)の可能性が示唆された一方、流動性リスクプレミアムは平均で30~40 bp程度と推計され、特にリーマンショック後には100 bp超の水準にまで達し、リスクプレミアムの多くを説明している可能性がある。



■公的年金制度における給付削減策の延期オプション

一橋大学大学院国際企業戦略研究科  本多 俊毅

[要約]

日本の公的年金制度は、平成16年に大きな制度変更が行われた。重要な変更点のひとつは年金給付の削減策であり、導入時には公的年金財政の自動安定化装置とされた。しかし、物価スライド特例措置のために給付削減は進まなかった。この特例措置は終了したものの、平成16年改正の給付削減策にも、経済低迷時には削減しないという制限条項が設けられている。この制限条項は、物価や賃金の動向に依存して利得が定まるオプションと考えることができるが、オプション行使時に公的年金財政に与える影響は複雑である。本稿では公的年金の財政収支をモデル化したうえで、給付削減の延期によって生じた影響を試算した。試算によると、平成16年改正時の「基準ケース」から実績値が乖離し、さらに給付削減が延期されことによって、100兆円の年金積立金に対する年間の運用収益率で言うと5%程度の影響があったことが示唆された。



■シクリカルな変数が格付けに与える影響-格付けはスルー・ザ・サイクルといえるのか-

アジア開発銀行研究所  根本 直子

[要約]

格付け会社は、格付けの付与に際して企業の事業リスクや財務指標などのファンダメンタルズを重視し、格付けが短期的な景気循環(ビジネスサイクル)に大きく左右されない手法を採用しており、その手法はスルー・ザ・サイクルと呼ばれている。本稿は、格付けが景気循環に左右されない動き(スルー・ザ・サイクル)を示しているのかを検証するために、米国、日本の企業を対象に、景気循環に連動するシクリカルな変数と事業リスクや財務リスクに関する要因がそれぞれ格付けに与える影響を測定した。本稿の研究により、(1)米国企業については企業の財務指標とともに、GDP成長率のようなシクリカルな変数が格付けに影響を与えている、(2)一方で日本企業については、シクリカルな変数と個別企業の格付けに米国のような相関性が認められなかった。本稿の結果は米国では格付けが格付け会社の想定以上に景気変動の影響を受けやすいという仮説を補強する結果を示しているが、その傾向は日本においては異なる。格付け変動の特徴や要因が明らかになれば、情報の非対称性を緩和する格付けの機能が高まる。また格付け会社の公表する規準と実際の格付けとが乖離しているとすれば、格付け利用者にとっては注意が必要となる。さらに格付けが資本賦課の計算に織り込まれている銀行の自己資本比率規制については、規制が貸出のプロシクリカリティを高めるという懸念が生じる。