『現代ファイナンス』バックナンバーNo.7(2000.3発行)

■負債の調節機能としての転換社債:
規律づけと効率性の両立可能性
東京大学大学院博士課程 赤羽根 靖雅

[要約]

この論文の目的は,転換社債が契約の不完備性を補完する制度とみなせることを示すことである.経営者を直接規律づけられないとき,負債が規律づけの機能を持つことがある.しかし,キャッシュ・フローが債券の額面を下回った場合債務不履行が起こり,最悪の場合企業は倒産する.倒産する企業は長期的にみると正の収益を生み出す場合もあるので,非効率が生じる可能性がある.つまり,負債による規律付けと長期的効率性にトレード・オフ関係がある.この論文は,転換社債保有者の転換請求権行使の意思決定と企業の収益に密着な関係がある点に着目し,転換社債は経営者の努力水準に応じて負債を調節する権限を投資家に与える証券と解釈できることを示す.そして,転換社債の発行で規律づけと長期的効率性のトレード・オフの問題を解決できることを示す.

*この論文を作成するにあたり東京大学の松島斉助教授,堀内昭義教授,小林孝雄教授,横浜国立大学の倉沢資成教授から有益なコメントを頂いたことに感謝したい.また,一橋大学の大橋和彦助教授,神戸大学の砂川伸幸助教授,横浜国立大学ワークショップ参加者及び日本ファイナンス研究会参加者の皆様から多くのコメントを頂いた.当然,誤りは全て著者の責任である.なお,この論文は文部省科学研究費補助金による研究の成果である.



■エクイティ・ファイナンスの情報伝達機能
―転換社債の発行と株価の上昇―

神戸大学大学院経営学研究科 砂川伸幸

[要約]

わが国の株式市場を対象とした実証研究は,公募増資や転換社債の発行を発表した企業の株価が上昇するという結果を報告している.これは,公募増資や転換社債の発行がマーケットにとって好ましい情報であることを意味している.本稿では,公募増資や転換社債の発行が株価の上昇をもたらすシグナリング・モデルを提示し,とくに転換社債の情報伝達機能について議論する.

分離均衡では,収益力の高い企業が転換社債の発行による資金調達を実施し,収益力の低い企業が資金調達を見送る.収益力の低い企業が資金調達を見送る理由は,現実的にかなりの負担となるエクイティ・ファイナンスにおける発行コストである.発行コストが存在するとき,新規投資からの利益が発行コストを上回る収益力の高い企業のみが,転換社債を発行して資金調達を行う.このことを反映して,転換社債の発行を発表した企業の株価は上昇する.

本稿のモデルでは,転換社債が公募増資より優れた情報伝達機能をもつ.すなわち,公募増資が情報伝達手段になる条件を比較すると,後者が前者を含む.とくに,新規投資からの利益が十分に大きいとき,収益力の高い企業は適度な転換社債を発行することでのみ,自身の収益力をマーケットに正しく伝達できる.公募増資の発表は情報伝達機能をもたない.

*本稿の作成にあたり,編集者の倉沢資成先生とレフェリーの先生から有益なコメントを頂戴しました.記して感謝します.



■経営者の株式保有と企業価値
―日本企業による実証分析―

NEC総研/横浜市立大学大学院博士課程 手嶋宣之

[要約]

経営者の株式保有は,コーポレート・ガバナンスに重要な問題を投げかけている.経営者が自社の株式を多く保有するほど,経営者と他の株主との間の利害の一致(アラインメント)が強まりうる.一方,経営者の株式保有が,外部からの規律づけに対する経営者にとっての防御(エントレンチメント)となる可能性も指摘される.欧米企業における経営者の持ち株比率と企業価値の間には,経営者の持ち株比率のレンジによって,企業価値が増減するという非単調な関係が検証されている.これは,経営者の株式保有の持つアラインメントとエントレンチメントという2つの効果を反映するものと解釈されている.本稿では,日本企業について,経営者の持ち株比率と企業価値の関係を検証する.今回の結果からは,日本企業における経営者の持ち株比率と企業価値の間にも,非単調な関係のあることが示唆される.

*本稿の作成にあたり,レフェリーおよび編集者の宇野淳氏から,大変有益なコメントを頂きました.また,横浜市立大学の西島益幸教授と丸山宏教授,日本証券経済研究所の原田喜美枝氏からも,大変貴重な助言を頂きました.ここに記して感謝申し上げます.もちろん,ありうべき誤りはすべて筆者の責任です.



■日経225オプション価格のGARCHモデルによる分析

東京都立大学大学院博士課程 三井秀俊

[要約]

本論文は日経225オプション市場において,Duan[1995]のオプション価格付けモデルを用いて実証分析を行ったものである.Duan[1995]のモデルは原資産収益率のボラティリティが離散時間GARCHモデルに従うとき,局所危険中立評価によりGARCHモデルでのオプション価格付けに対するリスク中立性を一般化したものである.実証研究ではGARCH(1,1)モデルによりパラメーターの推定を行い,モンテカルロ・シミュレーションにより制御変数法を用いてオプション価格を導出した.GARCHオプションとB-S(Black-Scholes)モデルとを比較・検討すると,コール・オプションでは理論値と市場価格の乖離率はすべてのマネネスにおいてGARCHオプションの方が小さくなるという結果となった.プット・オプションでも,deep-out-of-the-moneyを除いては,同様の結果となった.

*本論文を作成するにあたり,渡部敏明助教授(東京都立大学),大森裕浩助教授(東京都立大学),高山俊則氏(エスジー山一,東京都立大学大学院)ならびに本誌の匿名のレフリーから多くの貴重なコメントを頂いた.ここに記して深く感謝の意を表したい.



■金利の期間構造分析
―日銀の金融政策の効果と限界―

共同通信社 伊藤隆康

[要約]

日本円オープン金利市場のタームストラクチャーを分析することにより,日銀の金融政策の効果と限界を検証するのが本稿の目的である.金融経済データはランダムウォークのような非定常プロセスとみなされることが多いため,本稿では分析の枠組みとして非定常性に対応できる方法を利用した.

まず,データの非定常性を単位根検定で確認し,次に,共和分検定でコモントレンドを抽出した.全タームストラクチャーだけでなく,イールドカーブの長い方から1変量ずつデータを減らして分析し,コモントレンドがひとつになる範囲を確認した.最後に,グレンジャー因果性の検定で,無担保コール翌日物がイールドカーブ上の各金利に与える影響とその逆を検証した.

以上の分析から,日銀が政策変数である無担保コール翌日物の調節によりコントロール可能であるのは2年物までの金利であるとの結論を得た.

*本稿は筑波大学大学院(経営システム科学専攻)に提出した修士論文を加筆,修正したものである.懇切丁寧にご指導頂いた指導教官の椿広計助教授,河合忠彦教授,寺野隆雄教授に感謝申し上げます.本稿の作成にあたって駒形康吉氏(東京三菱銀行),筒井義郎教授(大阪大学),福井祐一助教授(神戸大学),米澤康博教授(横浜国立大学),レフェリー及び編集者の新井富雄氏から有益なコメントを頂いた.金融市場の動向については,筆者が日頃接している市場関係者からの情報を参考にした.ここに記してお礼申し上げます.